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企業の活用事例から見る空間コンピューティングの未来 ARISE for Business #1ディスカッションレポート
October 9, 2024
2024年6月に日本市場での販売が開始されたApple Vision Pro。Appleが提唱する「空間コンピューティング」という概念はその響きの新しさから現在注目を集めているが、企業活動の上ではどのように活用されているのだろうか。
「ARISE for Business #1」では、空間コンピューティングを活用した取り組みを進めている企業から実際の話を聞いていく。
小林:今回のパネルディスカッションでは、みなさんの空間コンピューティングの活用状況や、今後の未来予想など語っていければと思います。まずはお二人の自己紹介からお願いします。
目黒氏:博報堂DYホールディングスの目黒です。博報堂DYグループの研究開発部門内で、XRを中心に研究しているチームのマネージャーを務めています。今日はよろしくお願いいたします。
鈴木氏:東京ガス株式会社でエネルギー・環境政策を担当しております、鈴木と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
各社の取り組み内容について
小林:2社ともMESONと一緒に空間コンピューティングを活用した取り組みを進められていますが、その内容や取り組みを始めたきっかけについて、改めてご説明いただけますか?
目黒氏:MESONの小林さんと最初に出会ったのは2018年でした。HMDのディスプレイに関する勉強会でたまたま席が隣になったのがきっかけでしたが、以来共同研究をご一緒させていただいています。
最初の共同研究プロジェクトは、ARクラウドをテーマに行った「AR City」のプロジェクトです。これは、未来の神戸市を複数の体験者が仮想空間の中で同時に作り上げる体験が可能な都市開発シミュレーションで、2019年に神戸のクロスメディアイベント「078KOBE」で展示されました。
当時、我々はARクラウド技術の「複数人が同時に、同じ場所に拡張情報を見ることができる」という特徴をどう活かすかを検討していたのですが、それを街づくりに適用しようと考えたんです。一般的に、都市開発というのは行政や専門家が主導するものですが、このプロジェクトでは住民一人ひとりがAR技術を通じて自分のアイデアを表現し、共有することができました。神戸の三宮地区が再開発を迎えているタイミングだったこともあり、熱心に体験いただけたことを今でも覚えています。
他にも、空間コンピューティング時代に写真撮影はどうなるかを考えたプロジェクトや、将来の都市における情報のレイヤー構造について考えるプロジェクト等、数多く研究プロジェクトをご一緒させていただきました。
鈴木氏:MESONさんと接点を持ったのは2024年の4月に、ジャパン・エネルギー・サミットという国際的な展示会に出展したのがきっかけです。自社の技術や取り組みを紹介する展示物としてMESONさんの作ったApple Vision Proアプリ『FlexiViewer』を使って浮体式洋上風力発電のモデルを展示しました。
当初は空間コンピューティング技術を展示会で活用することになるとは思っておらず、パネルなどを置くだけで済ます予定だったのですが、M&Aやアライアンスを担当している部署からMESONを紹介してもらったことで今回の取り組みに繋がりました。そこからはとんとん拍子で話が進み、お客さまに自社の取り組み内容を伝えられる展示が出来たと思います。自社だけでは想像できなかった展示、生み出せなかったバリューを生み出せたのではないでしょうか。
プロジェクトを進める上で印象的だった出来事
小林:空間コンピューティングは素晴らしい技術ですが、新しい技術の活用は企画を進めるのが大変な側面もあると思います。お二人はプロジェクトを進める上で印象的だったエピソードなどはありますか?つらかったことでも、嬉しかったことでも大丈夫です。
目黒氏:2018年に取り組みをスタートした頃を振り返ると、当然ですが、最初は周囲の理解は得られていなかったように思います。分からないけど、期待はあるから始めてみなさいということだったのかもしれません。最初のうちは、変なことをやってるチームだなと社内でも思われていたんじゃないでしょうか。ただ、MESONとのプロジェクトが終わるごとに社内に成果を発表する機会を設けて色んな人に体験してもらううちに、「この先にコミュニケーションの未来がある」というポジティブな輪が拡がっていきました。
小林:空間コンピューティングは言葉でも映像でも伝わりにくく、体験してもらうのが一番早いですよね。体験してもらうことで、社内の反応がガラッと変わったシーンを何度か見ました。
目黒氏:その通りです。言葉で説明されていたことが実際に体験することで直感的にわかるようになったりするんですよね。
小林:鈴木さんは空間コンピューティング技術とは何かをそもそも知らないところから今回の取り組みを始められたと思うのですが、やる前との変化や苦労したことなどあればぜひ教えてください。
鈴木氏:まず、空間コンピューティング技術を活用しようというのは自社だけでは出てこなかったアイデアだと思っています。ただ、今回取り組みを進めてみて、少なくとも自分たちのチームでは大きく価値観が変わったところがあります。こういった新しい技術にアンテナを張っておくのは非常に大事なことだと個人的にも勉強になりました。
やはり弊社は歴史の長いインフラ系の企業ということもあり、新しいものを取り入れたり、積極的な変化を求めていく動きは少し弱いところがあります。今回はパワフルな上司が周囲を説得して実施にこぎつけましたが、「なぜこの技術が必要なのか」「なぜ今まで通りの展示ではいけないのか」といった部分の説明は必要で、意思決定に至るまでのプロセスが長くなってしまうところは苦労しましたね。
小林:なかなか推進力のある人がいないと苦労するというのはありますね。目黒さんからは、社内での企画推進のコツなどはありますか?
目黒氏:まずは一人一人仲間を増やしていくことじゃないでしょうか。社内で体験イベントを開いたり、社長や役員を見かけたらデバイスを被ってもらって、その様子を写真に撮って社内の宣伝に使ったり。手練手管を駆使しながら熱をもって話していると、周りの反応もすこしずつ変わってくるんです。やっぱり、最終的には熱意や想いが人を動かすんだろうなと思います。
MESONをパートナーとして選んだ理由
小林:ちょっといやらしい質問かもしれないんですが…(笑) せっかくの機会なので、博報堂さん、東京ガスさんがそれぞれMESONをパートナーとして選んでくれた理由なども教えていただけますか?
目黒氏:自分が研究をスタートしたのは2018年ですが、当時、一緒に考えてくれる仲間を社内に見つけることができなかったんです。そこで外に仲間を探すことにしたのですが、言われたものであれば作ることができる、という人はいたものの、そもそも何を研究すべきなのか、そのテーマは研究するに値することなのか、作る前に対等な立場で一緒に議論してくれる人はなかなかいなかった。求めていたのは、必要とあらばこちらが言うことも否定してくれるような、そんなパートナーと呼べるような存在でした。そうやって探していくと今も昔もMESONしかいないなと。そういった経緯があってご一緒させていただいています。
小林:そこまで言われると照れますね。鈴木さんはどうですか?
鈴木氏:先ほども申し上げましたとおり、紹介や上司の推進力が大きかったのですが、一番大きなきっかけは実際に体験したことだと思います。こんな素晴らしい技術やプロダクトがあるなら、取り入れてみようという。
目黒氏:その上司の方は中途で採用された方なんでしょうか?聞いていても素晴らしい推進力なので、そういった方を意識して外部から採用されたのかと思いまして。
鈴木氏:よく周りからも言われるそうですが、新卒入社だそうです。弊社では珍しいタイプかもしれません。
予想されるビジネスや生活の変遷
小林:今後空間コンピューティングが普及していくにおいて、その広まり方や訪れる変化についてどのようにお考えでしょうか?
目黒氏:まずはビジネスユースから広まっていくと考えています。トレーニングや、教育領域といったところです。コミュニケーション用途では1:1から始まり、遠方の友人や家族と隣に座っているような感覚で話すことがすぐに普通になると思っています。
エンターテイメント領域では、音楽のライブ映像や映画作品、スポーツ中継などの変化に期待しています。これまで平面のモニターで見ていたものが立体的・空間的なものになり、臨場感ある体験として進化していく。そうするとCMやポスター、企業のPRビデオといった私たちがこれまで手掛けてきた平面の表現物の制作方法にも変化が出てくると思っています。
また、空間コンピューターの屋外利用が拡がっていくと、そこにはさらなる拡がりがありそうです。今は個人が動画を制作して発表することも簡単になりましたが、空間コンピューティング時代にはその発表の舞台が実空間の街にもなるはずです。次の時代の情報発信も注目していきたいと思います。
小林:「生活者インターフェース」という言葉をよく使われている博報堂さんならではのお話だと感じました。鈴木さんはいかがでしょうか、空間コンピューティング市場というよりは、自社での今後の活用という形でもお話を伺えたらと思います。
鈴木氏:今回展示会で社内の人間に使ってもらった反応として、「こんなに進んだ技術があるなら、自分の部署でも使ってみたい」などの声が上がっていました。こういったメリットを活かして、今後は関係者向けの説明に活用する可能性があるかもしれません。カーボンニュートラルや脱炭素というテーマは、まだ身近に感じられにくいところがありますが、そういったものをよりわかりやすく知っていただくことができるのではないかと考えています。
今後チャレンジしてみたいこと
小林:今後空間コンピューティングを活用して取り組んでみたいことがもしあれば教えてください。
目黒氏: 2019年にXR Kaigi(XR技術を扱う展示会)の第一回があり、基調講演でAR技術の先にある広告ディストピア的世界を表現した「HYPER-REALITY」という動画が「こういう世界にはしたくない」という文脈で紹介されました。自分も、「HYPER-REALITY」のような世界観は嫌だなと思っているんです。それで、「そんな世界を避けるために何が出来るのか」ということを以来考えているのですが、最近は「カーム・テクノロジー」に注目しています。技術が人間の注意を引く度合いは最小限に、むしろ技術が生活の中に自然に溶け込んでいるというのがイメージですが、こういった進化の方向もきっとありえるはずだと。インターネット広告の現状を鑑みても、真剣に考えたいと思っています。
小林:広告会社の方からそういった意見が出てくるのは、なんだか意外な気もしますね。
目黒氏:ひとりの生活者として考えなさいと社内では言われています。自分が嫌だと感じるなら、その広告は無くさないといけない。広告はなくなってもコミュニケーションはなくならないじゃないですか。情報通信技術を活用した将来のコミュニケーションはどんなものになるのか?そんなことをいつも考えています。
小林:僕らも作りたい未来はあんまりデジタルっぽい感じではなくて。理想の世界観は『電脳コイル』なんです。目の前にあるものがデジタルなのかリアルなのか、人々が意識せずに自然に過ごせる社会というか。
目黒氏:わかります。自分が今求めていない情報が強制的に目に入ってくるとそれは「広告」だと忌避されますが、自分が欲している情報であればそれは「コンテンツ」にもなります。空間コンピューティングの時代には、道を歩いている時の情報との出会い方も、生活者にとって居心地のいい空間を拡張していく方向に進むといいなと思っています。
小林:ありがとうございます。鈴木さんはいかがですか?
鈴木氏:弊社のお客様のニーズは近年非常に多様化してきていまして、そういったニーズに応えるための一つの手段として空間コンピューティングを活用できないかと考えています。
また、お客様により深く弊社のことをご理解いただくためにも活用できる可能性があると思っています。弊社の扱うインフラは、お客様の元にサービスとして届くまでに様々なプロセスを経ていますが、そのことをわかりやすくお伝えすることは非常に難しいです。最近はそこに脱炭素、CO2削減など、目では見えない要素も加わってきて、より説明が難しくなってきております。空間コンピューティングを活用することで、「東京ガスが何をやっている会社なのか」をより親しみやすく、わかりやすくご理解いただけるのではないかと考えています。
目黒氏:Magic Leapが昔、Magicverseというコンセプトで都市空間の情報レイヤー構造を発表した際、そこにインフラレイヤーが表現されていたのを覚えています。例えば、老朽化したガス管の位置を工事作業者に向けてわかりやすく表示するようなこともできるようになると良さそうですね。
鈴木氏:確かに、そういった活用も有用そうですね。
Q&Aセッション
質問①:Apple Vision Proを展示会で活用してわかった課題はあるか?
鈴木氏:展示会という多くの人が行き交う環境、そしてデバイスに慣れてない人が多いので、操作説明などのオペレーション部分に難がありました。多くの人に体験してもらえるようにスムーズなオペレーションを準備できると良かったかもしれません。
また、かけてもらうと感動してもらえるが、かけてもらうまでに魅力を言葉で説明することが難しく、もどかしい思いをしました。
目黒氏:体験時にキャリブレーション(個人設定)をどこまで行うか、体験内容を外部からもわかるようにモニターにも映すかなど、体験設計として考えることが多いですよね。かけただけ、かぶるだけで体験できるようにしてしまえば楽なのですが、それでいいのかという悩みもあります。オペレーションコストと体験品質とのトレードオフですね。あとはデバイス自体が高価なので壊れはしないかと心労が大きいです(笑)
質問②:Apple Vision Proというハードに求める進化と、開発者へ求めること(どういうスキルや経験を持った開発者が増えてほしいかなど)
小林:Apple Vision Proのハード面でいうと軽量化、そして低価格化ですかね。僕は自分で使いやすいようにカスタマイズしていて、目の周りのカバーを取って、サードパーティ製でおでこでデバイスの重さを支えられるバンドを使っています。
ソフトウェア開発面でいうと、3Dの描画順を変えられないのは大変でした。『SunnyTune』内で雨や雪を降らす時に、他の描画と重なってチラついてしまったりとか。3Dコンテンツを作りたい人が求める機能とAppleが提供したい機能、それぞれの思想がまだ重なってない感覚があります。
昔読んだ本で「メディア技術史」という本があったんですが、メディアの歴史を見てみると、開発者が想定した使い方と消費者の実際の使い方がぜんぜん違ったということが書いてありました。電話も元々はラジオのような使い方を想定してた技術だったけど、消費者は1対1の会話ができることを求めて、電話もそのように進化していった。Apple Vision Proでも、同じことが起こっているんじゃないかと思います。実際Appleは我々開発者から積極的に意見を求めていて、すり合わせを行っているんじゃないかと。
目黒氏:一部のデベロッパーはすでに使えるようですが、一般開発者の皆さんにもメインカメラへのアクセスが早く解放されるといいですよね。そうすると、カメラに映った情報に対してAIが情報を出すこともできるようになる。AI技術者の方がApple Vision Proを使って面白いものを作ってくれたら嬉しいなと思っています。元々AIとXRは同じ山を別の登山口から登っているようなもの。AIがバックエンドで動き、XRはインターフェースになる。その融合がたくさん見られるようになるといいですね。
あとは演劇業界の方々にも期待をしています。これまでのコンテンツ制作は平面に情報をレイアウトするその感性が強く求められていたように思いますが、空間コンピューティングの時代には表現スペースが空間になり、言語も超える様な体験のデザインを求められるようになっていく。それを実践してるのは演劇業界の方々なんじゃないかと。演者が観客と交流するなどして客席と舞台にある従来の権力構造を破壊する体験型演劇の「イマーシブシアター」が最近流行ったりもしていますが、イマーシブデバイスでイマーシブシアターをやったら面白いんじゃないかとか。新しいエンターテイメントの誕生に期待しています。
鈴木氏:ハード面はやはり慣れが必要なので、展示会では苦戦しましたね。自分自身、何回か触ってみてようやくその魅力を十分に理解したという感じだったので、操作性はもう少し改善されると嬉しいなと感じました。
質問③:ユーザビリティを落とさず、かつデザイン性も担保するコツは?
小林:『SunnyTune』においては、ユーザーには極力操作させないことを意識していました。これまでのVRデバイスと違って、Apple Vision Pro自体があまりユーザーを能動的に動かすものではないんじゃないかと考えているのもあります。
『SunnyTune』は、オブジェクトの下にある丸いボタンを押すと天気の情報が出てきて、どの場所の天気を見るか選べる。機能としてはそれしかありません。ただ、そこにあって、見て、感じるだけで価値があるようなアプリケーションを目指していました。
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編集後記
今回「ARISE for Business #1」に参加して感じたのは、登壇者、参加者一人一人が持つ熱量の高さであった。
個人利用に比べると、会社のビジネスで空間コンピューティング技術を活用するのはハードルが高いという現状がある中、こうした場に集まって情報を収集&シェアしているのは比較的熱量の高いユーザーなのかもしれない。
ただ、パネルディスカッションの中でも触れられていたように、体験や可能性を拡げていくのは一人一人の熱量によるところが大きい。
こうしたイベントで参加者同士が繋がり、熱量の輪が大きく育つことで、空間コンピューティング技術が型破りなスピードで世界に拡がることを目指し、MESONのコミュニティ活動を続けたいと感じた。