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空間コンピューティングの時代に、デザインとデザイナーのあり方を再考する。宇野氏×MESON小林対談
August 19, 2024
Apple Vision Proが日本でも発売され、空間コンピューティングデバイスが普及していく可能性が見え始めた。空間コンピューティングの黎明期と言える現在、その「デザイン」にはどのような可能性があるのか。
今回、MESONのデザイン顧問に就任した宇野雄氏と、MESON代表の小林が、「空間コンピューティングにおけるデザイン」をテーマに対談。Apple Vision Proに触れた感動や、3D空間におけるこれからのデザイン、デザイナーの役割はどう変化していくのかについて、語り合った。
■Apple Vision Proで感じる、全く新しい体験
――宇野さんはMESONで初めてApple Vision Proを体験されたそうですね。いかがでしたか?
宇野:もともと空間コンピューティングには興味があり、過去にもいくつかVRデバイスを試したことはありました。その中で、Apple Vision Proは「違和感がないことが違和感」でしたね。
Apple Vision Proの基本のアプリと、MESONの『SunnyTune』を体験したのですが、眼鏡やサングラスのように景色が透けているだけに感じられたんです。これまでのVRデバイスだと僅かなゆがみや描画のズレは仕方なかったのですが、それが全くない。びっくりしましたね。
小林:Apple Vision Proがあまりに自然すぎるので、カメラ映像を見ていることに気づかない方もいるくらいです。アプリケーションのデザインという観点では、どんな印象を持たれましたか?
宇野:意外と、iPhoneやiPadの2Dデザインに倣っていて、無理に3Dにしていないですよね。目や指で操作することだけが新しくて、それ以外の発明は極力減らしたのではないでしょうか。みんなが「知っている」デザインになっている。
小林:明言はされていませんが、Appleもそこを狙ってデザインしている気がします。
visionOSはiPad OSの派生なんです。だからこそ初めて触った人もそんなに迷わないし、違和感がないのかなと。
Phoneが登場した当初は「スキューモーフィズム」といって、あえて立体的なリアルオブジェクトに似せたデザインを志向していました。人々が2Dに触れる機会がなく、慣れていなかったためです。その後徐々に2Dが当たり前になり、フラットなデザインが普及していきました。今、その逆が起きているかもしれないですね。
宇野:一方で、iPadなど2Dデバイス向けにデザインしたアプリケーションを、そのままApple Vision Proで使うには使い勝手が悪いことが多い。UI/UXも含めて空間コンピューティングに最適化されたデザインが必要です。
――Apple Vision ProのUI/UXには、どんな印象を持ちましたか?
宇野:今までの体験と大きく違うのは、「触れないで」操作することですよね。Apple Vision Proではアクションをしたい箇所に目線を合わせて、ハンドトラッキング(手の動きをデバイス側で認識する仕組み)で操作します。でも、私たちはものを実際に触って操作する快適さに慣れているために、難しさや違和感も出てくる。
例えばリモコンなど、自分が手の届く範囲のものを操作するのは慣れていますが、遠くにあるものを手元で操作することは、これまでやったことがない。なので、操作するときにその対象を近くに持ってきたくなるんです。遠近感も含めてリアルすぎる空間コンピューティングが実現したゆえに、本当に遠くのものを操作している、いわば魔法のように感じられて違和感があるわけです。
今のVision OSではパネルを手前に置くインターフェースがあるのですが、今後どんな方向に変化が進むのか楽しみです。
小林:操作するものとユーザーについてですが、物理的には離れているけれど、精神的には距離が縮んでいる気もしていて。というのも、これまでは目で見た後に、マウスや指を介して指示を出していたのが、目の動きだけでコンピュータに意志を伝えることができる。コンピュータに意思を伝達するまでのプロセスがどんどん減っている感覚があります。
宇野:確かに。それで言うと、Apple Vision Proではロックの解除がOptic ID(虹彩認証)じゃないですか。Touch IDやFace IDでは、指や顔を合わせることでプロセスがスタートして解除されていたのが、Optic IDでは予備動作なしにただ「解除される」だけ。これには感動しました。
小林:空間コンピューティングでは、いわゆる「インターフェース」と呼ばれるものがなくなっていく感覚もあります。
「Job Simulator」というVRの職業体験ゲームがあるのですが、ある仕事の体験から退出したいとき、「『EXIT』と書かれたブリトーをかじる」という操作をするんです。無機質な画面で「退出ボタン」を選択するのではなくて、身体性があるデバイスの特徴を生かしたアクションに置き換えている。
文字入力もタイピングではなく、人に話しかけるような音声入力が当たり前になっていくでしょう。そうするとどんどんインターフェースから解放されて、「どのように人間の行動を促すのか」を考えるのが、これからのデザイナーの仕事になっていくのかもしれません。
宇野:Apple Intelligenceによって、デバイスも一気に賢くなっていくでしょうから、可能性はより広がりますね。
■空間コンピューティング時代のデザインのあり方
――これから空間コンピューティングが浸透していく中で、デザイナーとしてはどのように新しい体験を促して行けばよいのでしょうか。
宇野:体験のデファクトスタンダードは、AppleやGoogleが誰より考えていると思うんです。なので、サードパーティーのデザイナーとして、そのデファクトスタンダードの方向に乗っかっていくことが前提になります。
一方で、サードパーティーによる発明も必ず起こるんです。スマホのUIにおいても、タイムラインを「引っ張って更新する」のはX(当時はTwitter)のクライアントアプリを開発していたTweetie社が発明した特許です。その発明を他の企業も真似て、ブラッシュアップされた結果、それがスタンダードになっていく。
なので、現在は2Dに寄っているデザインを「このままでいいのか」と疑うことも必要です。「現状をきちんと疑うこと」「本当に必要な発明なのかを考えること」そして「新たな発明を恐れないこと」。この3つが求められると思いますね。
――今後、3Dに最適化されてデザインされたアプリケーションが登場するタイミングは予想できますか?
小林:人々が3D空間でのデジタル操作に慣れるタイミングですよね。Vision OS 4~5くらいではAppleがスタンダードを規定し始めて、アプリとしても最適化されたデザインが増えてくると思います。
宇野:そのときにも果たして今と同じ操作方法かというと、わからないですよね。
3Dのモノ自体は過去にもたくさんあったのでデザインは考えられてきました。でも目線とハンドトラッキングでの操作はあまりにも新しい。「触らないメディア」に合わせたUI/UXには、まだまだ最適解が出ていません。これを探す旅に出ることになる気がするんです。
小林:Appleで目や瞳孔の動きから感情を読み取る研究がされていたという話が、Xに投稿されて話題になりました。いずれは指で決定しなくても、目線だけで意思を読み取って操作してくれるUIになっていく可能性もありますね。
そのときに、デザイナーの役割はどうなっていくのでしょうか。
宇野:たしかにあり得ますね。「目に見える形でデザインされたものを見て動かす」という概念は、根底から覆るかもしれない。そうするとデザイナーは、「体ってどうやって動いているんだろう」ということを追求することになると思うんです。
Apple Vision Proではいい意味で目の動きを間引いている。本来、目はものすごいスピードで動いていて、自分で目線を固定しているつもりでも細かく揺れているんですよ。なので、Apple Vision Proでは目の動きをそのままトラッキングしているのではなく、「ユーザーが意図した目の置き場所にポインターを置く」という表現を実現しています。
小林さんが言うように、完全に目線だけで操作できるようになったときには、ユーザーの意図に沿ったUI/UXが求められるでしょう。例えば、よくある再生ボタンのアイコン「▶」は、見てから指を持って行くまでの短い間に認識できるように、デザインされています。しかし、将来的にはこのデザインを認識するまでの速度を超えて、操作が決定されてしまうかもしれない。「再生ボタンかな?」と悩んだ瞬間に操作が決定されてしまう可能性もあります。
一方で、今のApple Vision Proで難しいのはWordやExcelといった複雑な操作です。「思った瞬間にそれが起こる」くらいに簡潔に動作するアプリと、引き続きキーボードやマウスで操作するアプリに二極化していくかもしれないですね。
小林:たしかに。でも、ドキュメントサービスという意味ではNotionが登場して、文章の書き替えやスマホでの操作も違和感なくできるようになった。音声入力の技術も上がっています。将来的には、空間に散らばった文章を組み立てることで文書が出来上がる、といった仕組みも出てきそうだなと思います。
宇野:PCとスマホで同じ操作を提供しないように、ある程度割り切ってデザインされていくのが自然ですよね。今はスマホ向けからサービスを構築することが多いですが、Apple Vision Proから作って「iPhone移植する?」という時代が来るかもしれない。
小林:もう一つ、空間コンピューティングのデザインで重要なのが「アプリの心地よさ」だと思うんです。
Apple Vision Proを使いながら複数のアプリを出しておけるのですが、「オフィスの机の上に置くアプリ」「部屋の壁にかけておくアプリ」と定位置が決まっていくと思うんです。インテリアのようになっていくので、機能以上に、見ていて気持ちのよいものかが重視されるはず。なので、ユーザーが生活空間に置いて心地よいと思えるものをどう生み出すのかは、今後デザイナーが考えていくテーマだと思います。
宇野:僕の場合、『SunnyTune』は自宅の空気清浄機の上が定位置になっていますね(笑)。
実際の生活空間に置きたいものと、パーソナルなバーチャル空間の中に置きたいものって、結構違うと思うんです。ただ、Apple Vision Proを使っていると、バーチャルな感覚が全くないので、実際の生活空間に溶け込むデザインがより重要になる気がします。
■カオスの中で、デファクトスタンダードを作りたい
――宇野さんはMESONのデザイン顧問に就任されました。どのような経緯があったのですか?
小林:僕らのミッションは「空間コンピューティングを、型破りなスピードで世界へ拡げる」です。速いスピードで広げるためには、使い続けたいと思えるコンテンツが必要。そのためには、操作のしやすさや体験として優れていることが非常に重要だと思っています。
もちろん、社内でもデザインの知見を深めて磨いていく取り組みをしていますが、社外の人からの知見も新たな視点になる。PCやスマホの黎明期からデザインに向き合ってきた宇野さんとご一緒することで、僕らとは違う知見を得られる可能性があると考えました。宇野さんがちょうどこの分野に興味を持ってくださっていたこともあり、デザイン顧問として就任していただきました。
宇野:ある種、3D=ゲームやエンタメだと考えていたのですが、MESONの取り組みを見て「本気なんだな」と思ったんですよね。空間コンピューティングはニッチなエンタメではなく、大きなビジネスや生活の一部になっていくのだ、と。そしてMESONはそれを実現しようとしている。その考え方が新鮮でしたし、僕自身も未来の世界をつくるお手伝いができればと思ってお受けしました。
――デザイン顧問の宇野さんとMESONで、今後どんな取り組みが期待できそうですか?
小林:クライアント企業とともに取り組んでいるプロジェクトのアウトプットに対して、レビューをいただくことはもちろん、僕ら自身が空間コンピューティングならではのUXデザインを考える機会を作って、宇野さんからの意見もいただきたいと思っています。メンバーからアイデアを出しつつ、宇野さんからもアイデアを出してもらえたらうれしいですね。
宇野:せっかくなら、先ほど言っていた3Dのデザインのデファクトスタンダードを僕らで生み出したいですよね。
僕はこのカオスがすごく楽しくて。スマホの黎明期もそうですが、新しい仕組みが登場したときはさまざまなカオスな体験が生まれて収束していきます。それが今、世界でほぼ同時に起こっているんです。
効率よくやるなら、ある程度市場が成熟してから、美味しいところだけ持って帰るほうがいい。だけど、それだと僕は楽しくない。どんどん新しい発明が出てくる面白さは、最初に飛び込んだ人しか体験できないので、このカオスを楽しみたいと思います。
――MESONと宇野さんのコラボレーションで生まれる空間コンピューティング体験、そして3Dデザインのデファクトスタンダードの登場を楽しみにしたいと思います。本日はどうもありがとうございました!