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Apple Vision Pro向けアプリケーション「SunnyTune」のデザインに込められた、空間コンピューティングにおける理想とは?
April 25, 2024
■情報雑貨としてのプロダクトデザイン
――SunnyTuneのコンセプトは「インテリアのようなアプリ」です。デザインにあたっては、どのような思考があったのでしょうか。
遠藤:Apple Vision Proのような空間コンピューティングが普及した世界では、人間が動機をもって情報にアクセスすることは少なくなるはずです。そこで僕は「情報雑貨」という概念を作って、生活の中に存在するだけで成立する、雑貨のようなアプリケーションとしてSunnyTuneを企画しました。
そのデザインを考えた時に、文字情報をゼロにしたいと思いました。椅子や机に情報はないですよね。なので、究極的にはSunnyTuneも全く文字情報のない、ビジュアルだけで成立するものを想定していました。議論の末に、気温や地域など必要最低限の文字情報は載せていますが、空間に置いておくだけで天気を「予感する」というコンセプトは死守しました。
――天気を「知る」のではなく「予感する」というのは、具体的にどのようなデザインで実現しているのでしょうか。
遠藤:たとえば、太陽が出ていて草がふわふわとなびいている様子を見て「今日は洗濯物がよく乾きそうだな」と感じる。そんな感覚をSunnyTune上でデザインしています。風向きや降水量といったデータを取得して、その変化を表現することで天気を感じられるようにしています。いわゆるデータビジュアライゼーションの領域ですね。
■空間に置くアプリケーションに2Dインターフェースが求められるわけ
――SunnyTuneの2Dのインターフェースはどのようにデザインされているのですか。
坂本:まずは最小要素が与件だったので、基本的なことはきちんとやろうとしました。オブジェクト本体の下部にあるボタンを押すと、操作パネルが開きます。ここでは表示したい天気の「場所」と「時間」を選択することで、それに対応した気温も表示されます。人間は無意識に視界の左上から情報を追ってしまう習性があるようで、「ロケーション」と「気温」を画面左上部に配置する際にも、それを踏襲しています。
SunnyTuneは自分のいる場所だけでなく、たとえば家族がいる場所の天気を卓上に置いて、そこに想いを馳せるような体験を想定しています。そこにロケーションと気温は欠かせないでしょう。
そこで、天気や気温の変化をどうビジュアル化するのか?ということについても、喧々諤々の議論を行いました。たとえば暑いときはアイスクリーム屋さんが出てくるような表現を模索して、ラフも描いたのですが、技術的な兼ね合いや、最終的により多くの人に使ってもらうことを考慮して、文字として表記するという着地になりました。
ただ、UIに表示する情報は優先度の高いものを厳選して、SunnyTune全体としてはかなり文字情報を削ぎ落としています。
遠藤:情報雑貨におけるUIデザインでは、これまでのUIデザインの考え方をすべて捨てる必要があります。通常のUI設計ではユーザージャーニーを描きますが、「雑貨」にタッチポイントなんてありませんよね。
――すべてを3次元で表現するには技術的な限界があったということですが、それはAppleの方針として2Dインターフェースのアプリケーションが想定されているということでしょうか。
遠藤:AppleがApple Vision Proを発表した際のトレーラーの中にも、2Dインターフェースが当たり前に出てきていましたね。3Dの可能性は探っているが、今のユーザーに合わせて2Dインターフェースに留めている状態だと思います。
坂本:現状の平面的なUIに慣れているユーザーが、いきなり3DUIに触れても戸惑ってしまうと思うんです。
遠藤:ただ、僕はこの3DUIへジャンプしてもいいと思っています。MESONが信じている理想を打ち出すべきだと考えて、3Dでのビジュアライズにこだわりました。
――できる限り3Dの表現を追求し、文字情報を抑えたUIデザインというのは、これまでにない難しさが伴うと思います。
遠藤:この考え方は難しいです。SunnyTuneでは、僕らが生活している中で自然に感じている感覚、例えば雨が降る前に「湿っぽいな」と感じる感覚を細分化してデザインしたい。その時に「今湿度63%だな」とは考えないですよね。なので、情報ではないんですよ。
坂本:そうですね。SunnyTuneは「読む」情報というより「眺める」情報というほうがしっくりくるかもしれません。窓から庭を眺めて、その機微を感じ取るような。気温は何度といった具体的な情報ではなく、穏やかに情報を装着することですね。
■Apple Vison Proにおける音響のあり方
――SunnyTuneで天気を感じる際、音は重要な要素になっています。どんな議論を経て、どのような音響デザインをされましたか。
坂本:当初は極力シンプルなUIが望まれたため、当初は音量バーも削ろうとしていました。ただ、複数のアプリを同時起動しながら使用する空間コンピューティングのケースを想定すると、状況に応じて音量を都度調整できるUIはやはり必要だと判断しました。
また、雨が降っているときにアプリケーションから流れている雨の音をより大きくして聴きたい人もいれば、完全にシャットアウトしたい人もいるかもしれません。日常生活に置き換えると、普段音楽をどれくらいの音量で、どんな音楽を聴きたいか、ということも気分によって違いますよね。SunnyTuneは、情報を摂取するというより、情報が「香る」アプリケーションなので、音の体験は繊細に設計する必要がありましたね。
原島:SunnyTuneはそばに置いてうれしいアプリケーションでありたいので「音楽が邪魔をしない」ことがもっとも重要。SunnyTuneに耳を傾け過ぎないように、激しい高音・低音は切っているんです。
また、雨や風の音は20種類ぐらいの音をブレンドして作っているので、よくよく聴いてみると鳥の声など「生きた」音が感じられます。
難しいのは晴れの日です。実は晴れの日の空気感を感じられるように、些細なホワイトノイズを流しています。SunnyTuneがあるだけで空間が満たされるように演出しているんです。
あとはApple Vision Proでは空間オーディオを生かして、近くに置くか遠くに置くかで、音との距離を作れることも特徴。その点も考慮して音響をデザインしました。
――Apple Vision Proや空間コンピューティングにおける音響のあり方が見えてきますね。
原島:今まで能動的に聴いていた音楽を、より受動的に聴く機会が増えるでしょうね。Apple Vison Proを通して音楽を好きな場所に置けると、たとえばキッチンにはこの曲、トイレにはこの曲、といった形でインテリア的に音楽を扱えるようになります。
これは、ブライアン・イーノやエリック・サティといった巨匠の音楽家たちが作ってきた思想でもありました。それを初めて現実にするのが、Apple Vision Proなのではないかと思います。
――起動音や、プロモーションビデオにおける音にも工夫されたとうかがいました。
原島:SunnyTuneで鳴る自然の音は、規則性のない、音楽的に聴こえないものにしています。ただ、起動する時だけは音楽が鳴るんです。そこの塩梅は難しかったですね。世界観を壊さないように音楽的すぎず、「これ何の音だろう?」となるような絶妙な音になりました。
一方、プロモーションビデオで使用した曲は、私が作ったものではなくクラシック音楽です。パラムグレンの『粉雪』という曲を選びました。フィンランドの作曲家で、自然をテーマに作られた音楽作品なので、世界観とマッチしていると考えました。
■空間コンピューティングの時代に、アプリアイコンの概念はどうなる?
――SunnyTuneのアプリアイコンについて、どんな思いを込めたのか、なぜこのようなデザインに至ったのか教えていただけますか。
楳村:簡単に言えば、アプリの機能が一つのアイコンになっている形のロゴです。空は、昼にも夜にも、また晴れにも曇りにも見えるようにしています。その向こうにある円は太陽にも月にも見える。
ロゴを作るときに考えたのは、Vision Proにおいては「アプリアイコン」という概念はなくなっていくのではないか、という予想です。生活空間の中で、テレビを見ながら少し遠くにSunnyTuneが置いてある様子を想像すると、それはアプリ自体なのかアイコンなのか曖昧ですよね。
なので、このアプリの最小単位を作るという意識でデザインしました。Appleのレギュレーションとして、背景と中間、上部の3層のレイヤーで立体的にデザインする必要があるのですが、それは先ほどの2Dに慣れているユーザーに合わせた、過渡期のルールだと思います。いずれはアプリそのものの縮小版がそのままアイコンになるのではないかと。
原島:たしかに。世の中にある商品を考えたら、パッケージがあるのは最初だけで開けたら終わり。そう考えると、アプリを起動するという概念もなくなってくるのかもしれないですね。
楳村:家で掃除機をかけようと思ったときに、「掃除機のアイコン」を探さないですよね。そういう感覚に近づいていくのではないかと思います。
■空間コンピューティングをデザインするということ
――実際にApple Vision Proのアプリを開発、デザインする中で、空間コンピューティングのデザインをどのように捉えましたか。
楳村:これまでの多くのデザインには作法がありますが、空間コンピューティングは前例がない。なので、使う脳みそも体験する人の姿勢も異なります。この「違いがある」ことを理解しておくことが大事だと思いました。「使いにくい」と断じてしまうと前に進めないからです。
優しい気持ちで、プロトタイピングマインドでデザインする方がうまくいく。これから空間コンピューティングのデザインに取り組む人は、真面目に考えすぎないでほしいなと思いますね。
遠藤:同意ですね。正気に戻らないのが大事です。
原島:人は物事をカテゴライズしたくなりがちですが、カテゴリがあるというのは前例があるということです。従来の概念をすべて忘れて、好き勝手に遊んで、走りまわる。そうやって今までにない所を狙い続けなければいけない。
そこで大事になるのは、「ユーザーの声」や「世の中のニーズ」ではありません。誰も気づいていない、勝手に水が集まってしまう磁場を見つけるようなイメージが近い。現象を捉えることですよね。
坂本:情報が立体的に展開される空間コンピューティングでは、これまでの「16:9」という画面枠に収められていたものがその外側に染み出していくかもしれません。「16:9の外側へ」というのが空間コンピューティングの醍醐味だと思いますし、今後はデザイナーの役割も変わっていくはず。空間コンピューティングによって既存のデザイナーの領域が溶け合っていくとより面白いことが起こりそうです。
――空間全体がデザインの対象となることで、デザイナーのやるべきことも一気に変わりそうですね。
坂本:今までは「フレーミング」という技術を使ってその中で展開されることに集中できましたが、これからはフレームが溶解した視点から考えなければならないとなると、正直大変な部分も多いと思います。
原島:ただ、そこが面白いところですよね。音楽ならステレオで聴くので、その通りにミキシングするしかなかったし、デザインならグリッドに従う必要があった。そのセオリーから外れて、わんぱくにやっていいのが空間コンピューティング。子どもの頃の楽しさを体験できる感覚があります。
遠藤:必要なのはクリエイターなんですよね。領域を横断するどころか、領域さえ捉えていない人たちの集まりが理想的です。そういう意味では、MESONは強みを持っていると思いますね。
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